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「さあ参りましょう」
そう女は言った。女は勝手にすたすた歩きながらまた言った。
「さあ参りましょう。夢ですから」
何言ってんだこいつ、と思いながらも夢の中ならいいかと思ってついていった。
山を登っていた。緑がない。岩また岩である。ガレ場についた時女が言った。
「待ちましょう」
なにを待つんだ。そう思ったときには既に女はいなかった。
何か白いものが舞っていた。あの日も雪だったなとふと思った。
それは雪だった。雪が降りだしていた。ひんやり心地よいものだった。
雪は積っていった。不機嫌に溶けだすこともなくずんずんと積っていった。
あっという間に目の前が見えなくなった。雪が自分を覆いかくしてくれていた。
まだ雪は降りやまないようだった。みしりみしりと音がして自分がドロップになったのに気がついた。水のドロップは何の味がするのだろう。
まだまだ雪は積っていた。段々に自分も周りも固くなっていく。静かである。
ああ、これが氷なのかと思った。氷もいいものだな。
いつのまにやら身が軽くなっていった。雪は溶けだしていた。だんだんと身動きがとれるようになっていく。
気がつくと流されていた。川に落ちたらしかった。川にそって山をおり、谷を、里を出て、野を抜けた。
どうやら海についたらしい。あいかわらず自分はドロップのままだ。半分溶けたドロップだ。
あっちへちゃぷちゃぷ、こっちへちゃぷちゃぷ。 お日様にあたってうきうきした。
海もよい。海を誤解していたんだな。
ところがあっという間に陽が沈んでゆく。お日様はどこに行ってしまった。月も星もない。真っ暗になった。
ああ、夢か。夢をみているのか。
はっと気がついた。
自分はドロップなんかではなく、くさはらに大の字に寝ころがっているだけにすぎなかった。
また女が現れて、自分の顔をのぞきこみながら言った。
「もうお目覚めになりますよ」
なんなんだうるさいなと思っているうちに、ふと地面がぐらぐらと揺れ、空から大音量が降ってきた。
「お客さん、終点ですよ」